Webサイト制作のプロジェクトが失敗する原因の9割は、制作会社が手を動かし始める前、つまり「発注前の準備段階」に潜んでいます。
多くの企業が、デザインの良し悪しやコーディングの技術力でサイトの出来が決まると考えていますが、それは大きな誤解です。どんなに腕の良いシェフでも、注文が「なんとなく美味しいもの」では、最高の一皿を提供することはできません。材料(素材)の準備も、誰が食べるのか(ターゲット)の情報も、予算も曖昧な状態でスタートしたプロジェクトは、必ず途中で迷走し、予算超過や納期遅延、そして誰にも見られないサイトという最悪の結末を迎えます。
逆に言えば、発注前に社内で議論を尽くし、要件を固めておくことができれば、プロジェクトは成功したも同然です。今回は、Web制作会社に声をかける前に、必ず社内で確認していただきたい「発注前チェックリスト」を公開します。これは、御社のビジネスを守り、投資対効果を最大化するための防衛策でもあります。
1. 「目的」の解像度を高める
まず最初に確認すべきは、「なぜWebサイトを作るのか」という根本的な問いです。「古いから新しくしたい」「競合がリニューアルしたから」といった動機はきっかけに過ぎず、目的ではありません。
ビジネスにおけるWebサイトの目的は、大きく分けて以下の3つに集約されます。
①集客・売上向上(マーケティング): 新規リードの獲得、問い合わせ数の増加、ECでの購入促進。
②採用強化(ブランディング): 求職者への魅力付け、ミスマッチの防止、エントリー数の増加。
③信頼獲得(コーポレート): 取引先や金融機関に対する信用の担保、IR情報の開示。
これらが混在していても構いませんが、「優先順位」が決まっていないことが問題です。「あれもこれも」と欲張った結果、誰に向けたサイトなのか分からなくなるのが典型的な失敗パターンです。「今回のリニューアルの最優先事項は、BtoBリードの獲得数を月10件から30件に増やすこと。採用はその次」といった具合に、数値目標(KPI)と優先度を言語化してください。これが制作会社に対する最初にして最大の指針となります。
2. 具体的な「ターゲット像」の共有
「ターゲットは誰ですか?」という質問に対し、「30代〜50代の男性」といった人口統計的な回答だけで済ませていないでしょうか。Webマーケティングにおいて、その定義は広すぎて意味をなしません。
必要なのは、その人が「どんな状況(文脈)」でサイトを訪れるかというシナリオです。
①課題: どんな悩みを抱え、何を解決したくて検索窓にキーワードを打ち込んだのか。
②検討レベル: 情報収集段階なのか、今すぐ発注先を探している比較検討段階なのか。
③決裁権: 自分で決められる立場なのか、上司に稟議を通すための資料を探している担当者なのか。
例えば、「工場の生産効率を上げたいと考えているが、大規模なシステム導入は予算的に厳しい中小企業の工場長。スマホで現場の合間に検索している」というレベルまで具体化できれば、提案されるデザインやコンテンツは劇的に精度を増します。この「ペルソナ」の設定なしに、デザインの議論をすることは不可能です。
3. 正直な「予算感」の提示
「見積もりを取ってから予算を決めたいので、金額は言えません」という企業が少なくありません。お気持ちは分かりますが、これは「予算に合わせて最高の提案を受ける機会」を自ら放棄しているのと同じです。
Web制作は、家づくりと同じです。「予算は言えませんが、いい家を提案してください」と言われても、建築家は困ります。3000万円なら3000万円なりの、1億円なら1億円なりの最適なプランがあるからです。予算を隠したままコンペを行うと、制作会社は「失注を恐れて安く見せるための低品質な提案」か「リスクを積んだ高額な提案」のどちらかを持ってきます。
「予算は300万円前後で考えている。この金額内で、最も成果が出るプランを提案してほしい」と正直に伝えるのが、賢い発注者のスタンスです。もし予算が相場より低かったとしても、誠実な制作会社であれば「その金額では全機能の実装は難しいですが、フェーズを分けてまずはここから始めましょう」という現実的な代替案を出してくれます。
もし、自社のやりたいことに対して予算が適正か分からない、あるいはRFP(提案依頼書)の作り方に不安がある場合は、一度プロの視点で整理させていただきます。曖昧な状態でも構いませんので、まずは壁打ち相手としてご活用ください。
4. 社内の「意思決定フロー」の確立
プロジェクトを遅延させる最大の要因は、制作作業ではなく「社内の確認待ち」の時間です。特に、デザインや構成案が固まった後に、「実は会長に見せたらNGが出た」「営業部長が別の意見を言い出した」といって、工程が巻き戻るケースが後を絶ちません。
発注前に以下の項目を確定させてください。
①プロジェクト責任者(PM): 制作会社との窓口になり、日常的な判断を行うのは誰か。
②最終決裁者: デザインや公開の最終承認を行うのは誰か(社長か、担当役員か)。
③確認のタイミング: どのフェーズ(ワイヤーフレーム、デザインカンプ、テスト環境)で決裁者の承認を取るのか。
特にトップダウンの強い組織の場合、初期段階のワイヤーフレーム(設計図)の時点で決裁者を巻き込むことを強く推奨します。「最後だけ見ればいい」というスタンスの決裁者は、最後に必ずちゃぶ台を返します。それを防ぐためのスケジュール調整も、担当者の重要な仕事です。
5. 原稿・素材の「準備担当者」を決める
「サイトの中身(テキストや写真)」を誰が用意するのか。ここも大きな落とし穴です。多くの発注者が「制作会社がいい感じに作ってくれるだろう」と思い込んでいますが、御社のビジネスの詳細や強み、専門知識を最も知っているのは御社自身です。
制作会社にライティングを依頼する場合でも、元となる情報(取材対応や資料提供)は必須です。すべて自社で書く場合は、相当な労力がかかります。「誰が」「いつまでに」原稿を書くのか。写真撮影の段取りはどうするのか。
よくあるのが、「ガワ(デザイン)はできたが、原稿が揃わないので公開できない」という事態です。これは制作会社側ではどうにもできません。社内のリソース確保、あるいはライティング込みでの発注検討など、現実的な「中身作り」の計画を立てておく必要があります。
6. 現状の「資産(ドメイン・サーバー)」の把握
リニューアルの場合、現在契約しているドメインやサーバーの情報が不明確だと、技術的なトラブルに直結します。
①ドメイン(.comや.jpなど)の管理画面にログインできるか。
②サーバーの契約状況やスペックは把握できているか。
③現在のサイトに連携している外部システム(MAツールや採用管理システム)はあるか。
「担当者が退職していて分からない」というケースは非常に多いです。制作会社が調査することも可能ですが、権限がないと手出しできない領域もあります。これらのログイン情報や契約書類を探し出し、整理しておくことは、スムーズな移行のための最低限のマナーであり、必須条件です。
7. 公開後の「運用体制」の想定
Webサイトは作って終わりではありません。公開した翌日から、運用が始まります。
①更新頻度: ニュースやお知らせは週に何回更新するのか。
②担当者: 誰が更新作業を行うのか(専任か、兼任か)。
③スキル: その担当者はHTMLが分かるのか、それともブログ感覚で更新できるCMSが必要なのか。
「とにかく高機能なCMSを入れたが、誰も使いこなせず放置されている」という悲劇を避けるためにも、自社の身の丈に合った運用レベルを見極めておく必要があります。「自分たちで更新したい箇所」と「プロに任せたい箇所」を切り分けておくことで、導入すべきシステムや保守契約の内容も適正化されます。
準備の深さが、パートナーの質を見抜く
ここまで挙げたチェックリストを埋めていくと、自然と「RFP(提案依頼書)」の骨子が完成します。立派な資料である必要はありません。A4用紙1枚のメモでも、これらが網羅されていれば十分です。
この準備をしておくことのもう一つのメリットは、「良い制作会社を見抜けるようになる」ことです。
こちらの要望や要件を伝えた際に、「言われた通りにやります」とだけ答える会社は、単なる作業者(オペレーター)です。一方で、「その目的であれば、この機能は不要かもしれません」「予算内で成果を出すなら、こちらの方法が効率的です」と、こちらの要件に対してプロの視点でフィードバックを返してくれる会社こそが、真のビジネスパートナーです。
CagraPROは、準備万端な発注者様を歓迎しますが、準備段階から並走することも得意としています。もし、チェックリストを埋める過程で迷いが生じたら、その迷いごと私たちに投げかけてください。整理整頓からお手伝いし、御社のビジネスに最短距離で貢献するWebサイトを構築します。
準備不足のまま走り出し、途中で息切れするプロジェクトをこれ以上見たくありません。
まずは一度、足元を固めるための対話を始めましょう。
著者:清宮 雄(株式会社カグラ 代表取締役) マーケティング、ブランディングおよび企業経営の領域において20年以上の実務経験を有する。国内外にてIT事業および教育事業を展開。